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私の出会った人、事、物、場所、食べ物・・・
MOTO'S DIARY
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2007
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Category:研究関連
今日の仕事
07年8月28日(火)。今日の仕事は、大分リハビリテーション専門学校のIBKさんのインタビューと日本のストークマンデヴィル大分太陽の家を訪問見学することです。
IBKさんはアテネパラリンピックの時の陸上車いす競技の日本代表ヘッドコーチ大会の時の大変さやそこまでの苦労などうかがうことができました。また、コーチとして選手に接する時のIBKさんのスタンスもとても参考になるものでした。
インタビュー調査の後太陽の家大分へ。日本の障害者スポーツ界の創始者、中村裕博士が作った施設です。東京パラリンピックでの日本人選手と海外の選手の差を見て生活面で自立する所から始めなければ海外の選手には勝てない、という考えで作られた施設なんだそうです。資料室には日本の障害者スポーツの歴史を物語る展示品がいっぱい。とても興味深かったです。もちろん、今もここでは障害者のスポーツが盛んに行なわれています。
もう一つの大きな特徴は太陽の家とオムロン、富士通、ソニー、ホンダ、三菱商事など一流企業が共同出資の会社を作り、そこで障がいのある人が雇用され、働いているという点です。オムロン太陽株式会社の工場を見学しました。その他にもスーパーマーケットや銭湯もやっています。実は合わせて1000人以上の人が働いていて、雇用の多さでは別府市内では市役所、杉の井ホテル次が太陽の家といわれているんだそうです。
写真は障害者スポーツ界の大御所の一人、H川さん(見学の対応をしていただきました。お忙しいところありがとうございました)と私、後ろは中村裕博士の銅像。
IBKさんはアテネパラリンピックの時の陸上車いす競技の日本代表ヘッドコーチ大会の時の大変さやそこまでの苦労などうかがうことができました。また、コーチとして選手に接する時のIBKさんのスタンスもとても参考になるものでした。
インタビュー調査の後太陽の家大分へ。日本の障害者スポーツ界の創始者、中村裕博士が作った施設です。東京パラリンピックでの日本人選手と海外の選手の差を見て生活面で自立する所から始めなければ海外の選手には勝てない、という考えで作られた施設なんだそうです。資料室には日本の障害者スポーツの歴史を物語る展示品がいっぱい。とても興味深かったです。もちろん、今もここでは障害者のスポーツが盛んに行なわれています。もう一つの大きな特徴は太陽の家とオムロン、富士通、ソニー、ホンダ、三菱商事など一流企業が共同出資の会社を作り、そこで障がいのある人が雇用され、働いているという点です。オムロン太陽株式会社の工場を見学しました。その他にもスーパーマーケットや銭湯もやっています。実は合わせて1000人以上の人が働いていて、雇用の多さでは別府市内では市役所、杉の井ホテル次が太陽の家といわれているんだそうです。
写真は障害者スポーツ界の大御所の一人、H川さん(見学の対応をしていただきました。お忙しいところありがとうございました)と私、後ろは中村裕博士の銅像。
Posted on 06:37:42 «Edit»
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